伝言取り次ぎ

docomo 大和の大元である電電公社では、「一刻も早く、一つでも多く、あらゆる手段を尽くして」と復旧を急ぐとともに、代替手段として、ただちに隣接する目黒・渋谷局等からケーブルを引きこんだり、通信衛星のアンテナを積んだ「通信衛星搭載車」や「自動車電話搭載車」を出動させ、道路沿いに、空き地につぎつぎと臨時の無料電話(特設公衆電話)を架設した。


また、電話可能地区から電話不通地区への連絡方法として、「伝言取り次ぎ」を行った。


これは、「伝言受付センター」で伝言内容をメモし、配達するサービスです。


現代版の飛脚であることから、「電電飛脚」とも「現代版飛脚」ともいわれた。

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